2026年のゲーム業界展望

今年も Matthew Balls のリサーチが公開されています。
https://www.matthewball.co/all/presentation-the-state-of-video-gaming-in-2026

概要としては、厳しい労働市場の概況から、何がこの厳しさを誘発しているのかをデータを交えて解説しています。まとめとして、このレポートの読者が業界をどう解釈するとよいかに触れています。

最終的には「ゲーム業界は存在しない」(“There is no Video Game Industy”) と提言し、市場参加者の視点によって様々な角度から業界を捉え直しています。

全般的に市場の要素が網羅的にカバーされていると思うものの、欠けている要素もなくはないと個人的には思います。

代表的な要素はアーケードゲームで、昨今一部パブリッシャーのアーケード市場が伸びている点がカバーされていない。視点として、TAM から他所のシェアを食い合っているという文脈なので、アーケードゲームはどの領域ともカニバライズしないという考えなら一定度の納得はあるものの、過去の Wii のアーケードゲームからのシェア奪取という世論を考えると、やや片手落ち感があります。
もちろん、アーケードゲーム、ソーシャルゲーム、コンソールゲーム間の人材流動性は高くないので、冒頭の序論として述べている労働市場に対する提言が今回のペーパーの趣旨であるなら、アーケードゲームはなくても大差ないかもしれませんが、もしカバーされていれば、求職者にとっては Eye Opening 要素であったのではないでしょうか。さて、業界のリサーチといいながら、やはり昨今の重点テーマはその労働市場にあると感じます。

各社で続くレイオフ、投資ファンドの減少により、雇用の受け皿は減っているという点はペーパーでも触れられていました。唯一の好転要素は、欧米偏重の雇用市場だったものが、地域別売上比率に応じた雇用バランスになってきているという点でした。雇用の総量は増えていないため、レイオフ後のキャリアとしては、業界外への転職ないしは引き続き休職中という状況が、特に欧米では目立つ形になります。

このあたりからペーパーから離れて、私見を述べていければと思います。
過去にも、業界が危機に瀕した時代はいくつかありました。アタリショックが一番大きいでしょうが、2000年ごろの業界再編期、2010年ごろのソーシャルゲーム勃興期にも労働市場の課題があったように思います。

ここでもまた、ゲームという商材で一括りにしてしまうと問題の解像度が落ちてしまうのですが、対峙する個々の担当が対峙するもので考えると解像度が上がってきます。開発でいえば、コーダーなのか、2Dアセットアーティストなのか、サウンドエンジニアなのか、ローカライズなのか。宣伝、営業、他バックオフィスで言えば、取引している営業先、代理店、調達資材などが、それぞれ開発するゲームによって異なります。すなわち偏った言い方をしてしまえば、あるひとつのゲームがそのゲームの開発と販売に必要な労働全体を定義する業界であったことはあまり変わらず、それがヒットタイトルによりパブリッシャーを形作り、パブリッシャーの集合が業界団体を作っていくことで、ゲーム業界という幻想を形作っていたのだなと思い返しています。

となると、労働の在り方で考えると、各個人が愛せるある具体的なゲームに携わり、そのゲームの運用維持拡大に携わることが労働観点では幸せなのではと思います。良い例はポケモンカンパニーになるでしょう。

携わりたいタイトルの規模が一定度あれば、正社員での仕事も生まれてきますが、そのような大手タイトルは昨今少なくなってきました。
パブリッシャーの力も経年劣化し、正社員による運用維持も難しくなってきました。
このトレンドから、機能別の代理店はより増えていくでしょうが、スケールしないことと、携われるタイトルが究極選べないことから、零細代理店の域を出ない構造になるでしょう。(eSports代理店からスピンアウトしたマーケティング代理店でみられる典型)

結局のところ、市場はひとつの覇権タイトルに左右され続け、2026年現在、その覇権はRoblox, Minecraft, Fortnite, Genshin, Arc Raiders など極めて局所的タイトルに集中している。

何が過去と異なるかというと、業界団体や市場参加者は精算されておらず、過去のヒットに支えられた市場参加者が、一定期間生き残れる体力を残して散在し、生き残るべく声を上げている。

「ゲーム業界は存在しない」という言葉が正ならば、1タイトルにどれだけ長く・深く携われるかが、ゲームを生業とする人の変わらない尺度になるのだろう。その尺度が一定度以上の生き残りが、レジェンドと言われるのだろう。

自分は、レジェンドになりたいのだろうか。何人かのレジェンドの働き方や精神性を見てきた限り、そこまでの熱量は自分は持てないし、持たない。

市場参加者は、覚悟の重さが問われている時代なのだろう。

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